所作塾 No1

所作塾1018/06/18
第1回目の所作塾は、持つという事をテーマにしてみました。
学校で教わってきた書道では、紙を文鎮で押さえて、さらに左手で紙を押さえ込んで右手で書くわけですが、対象物を固定したくなる衝動は、どこか西洋化した学校教育の習慣の様な気もします。明治以前の日常生活の中では、筆で字を書くのは、たぶん、机とかに固定せずに手で持った状態で書くことが多かったかと思われます。こうなりますと、慣れませんので、どうしても不安定な気持ちになり、思わず小指でも立てて右手を踏ん張りたくなってしまうところなのです。笑
では、どうするのか?なにか文鎮の代わりになるようなことが、欲しいわけですが、この場合は、やはり小指を立てることではなくて、手首を締めることが重要になるわけですね。でも、そう言われて、手首に力を入れれば、間違いなく、動きが固いですねと、もれなく言われるわけです。じゃあ、どうするのって、つまり、そこで必要になるのが所作ですよね。

WOWOWで、「花戦さ」という映画を見ました、佐藤浩市さんが、利休の役で、当然お茶を入れるシーンがあります。表千家のかたの所作指導での演技ですが、演じるのは、役者になるわけです。もちろん、現場で手順は教えてもらえるでしょうけど、所作は手順とは違うものです。ですから、やはり役者の人は、所作を知らないより知っていた方がいいよな~って、思って見ていました。ちなみに、所作を知らないで茶道をすれば、様になるのには、かなり時間がかかるお話ですが、所作を知っていれば、手順を知っただけでいけるのでは??と考えてしまうぐらいのところです。そこまで、言っても大方の役者さんは、所作の必要性をまったく感じていないと思いますが、、。そのことはおいておいて、まあ柄杓を持って真似してみました。
僕は、茶道を習ったことがありませんので、お作法や手順は知りませんので、日常的な動作をしただけです。そして、上の写真ですが、この柄杓は、茶道用ではなく、樽酒用です。笑。まあ、そういう貧乏を見せてしまうと、やってることがちゃらいとか、間違った日本文化を教えないでくださいと非難されるわけですが、そう非難される方は、知識としての文化が大切な人たちです。(ごめんなさい。)所作は、文化を体験することなので、形はとりあえず、どうでも良いんです。(暴言)たぶん、稽古場に来ていただいて一緒に動いてみれば、ああ、なるほどねとなると思うんですけどね。。。。ならないか、だめか?そう思う方は、茶道を習えば良いのですが、茶道では、逆に所作は教えてくれませんよ。ここが、日本の芸所の難しいところですね。

つまり、所作でいう「持つ」というのは、道具と人間との関係性をどう調整するのか?という事ですが、女性とつきあうのと同じで、道具に対して、パワハラもセクハラもしないで、同調を試みるということです。そういう言い方をしますと、自分の主体を放棄したようで、つまらないと考えるのかもしれませんが、実はそうしたときの実感としては、腕が、まるで透き通った空間のように感じて、とても心地よいわけです。この心地よいという感覚が、とても重要で、これがなければ、所作は失敗なのです。それは、どうしてなのか?といいますと、心地よくないということは、集中が切れた状態だからです。所作は、つまりは集中に入るための動作でありますので、そうならないのなら、やり方を考え直す必要があるというわけです。心地よい集中で無ければ、長続きしません。大変重要なことですが、また大変難しいことでもあるわけです。ありがとうございました。

次回は7月4日水曜日になります。よろしくお願いいたします。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

その他

  1. 2019/9/27

    所作塾 No16
    世間では、「目標を明確に持ちなさい!」と、常識的に上の人から、下の人へ、忠告されるわけですが、そして…
  2. 2019/7/30

    所作塾 No15
    所作は、基本的には、骨の動きになるわけですが、要するに骨「こつ」をつかむわけですね。ただ、骨は筋肉が…
  3. 2019/7/5

    所作塾No14
    所作は、身体を意志では無く、感覚を通して、扱うことで、命と真摯に向かいあう行為の一つとなりえます。 …
  4. 2019/6/20

    所作塾No13
    合理化と視覚化は、現代の社会の二大命題でありますが、もちろん、それは、文化的なものとは真逆に位置して…
  5. 2019/5/28

    所作塾 No12
    日本画の余白と集中観について、 日本の絵には、余白があったりします。それを見て、西洋の昔の画家…
  6. 2019/4/10

    所作塾 No11
    身体を動かす上で、大事になのはたぶん、下半身だと思いますが、それは基本的なことで、細かい技となるとや…
  7. 2019/3/21

    所作塾 No10
    所作塾 No10 2019/3/18 毎回、集まって頂いた人に合わせて、稽古を組み立てていますが、…

新しい投稿

命題

Je sens, donc je suis.
我感じる、故に我有り

デカルトの我思う故に我有りの命題を日本風になおしました。日本文化の原点です。

ブログカテゴリー

補足メモ

  1. 2019-3-8

    精神は、身体に触れられない

    こう切り出したら、ある人から、いえ、私は、身体にいつでも触ることができますよ、むしろ精神には触れない…
  2. 2019-1-4

    錐体系と錐体外路系の運動

    私たちは、何か行動を起こすとき、意識している行為と無意識の行為があります。つまり、自覚的行為と無自覚…
  3. 2018-2-20

    量子力学的な身体観

    現代では、精神が身体よりも上位に位置し、身体を生きていくための道具と捉えているからでしょうか?身体を…
  4. 2018-2-16

    識別感覚と同調感覚について

    前回の「理解という概念の固定化」の続きのブログです。この問題は、何度か伝ふプロジェクトでも書いていま…
  5. 2018-1-8

    理解という概念の固定化

    最近では、理解しないと動けないという人が、増えています。ワークショップをするにしても、最初に座学を入…
ページ上部へ戻る