「大阪ぎらい物語」を観劇しました

東京放送芸術&映画・俳優専門学校の進級公演として、上演されたものです。
もちろん、突っ込みどころは満載なのですが、学校公演としては素晴らしい仕上がりで、よくぞやってのけました。というのが、正直な感想です。だって、誰も何も知らないのに作り上げたわけですからね。素晴らしいです。

僕が、まず驚いたのは、この作品を学校公演でやろうと決めた事です。僕は、松竹新喜劇の藤山寛美さんを見て育った、リアルタイム世代です。でも残念ながら、藤山寛美さんには、お目にかかったことはありませんが、その武勇伝は、間近にいた人たちから、たくさん聞いています。そして、僕がお世話になったのは、寛美さんからは離れていった方々のほうで、ミヤコ蝶々先生の劇団ですね。そこでは、喜味こいし師匠や曾我廼家鶴蝶さん(日本一字画が多い女優だと言ってました。笑)、小島秀哉さん、などから、すごく多くの事を学ばせていただきました。関西喜劇の凄さを目の前で見て、鳥肌が立つような思いで、間近で感じてきたわけです。お笑いという言葉では、言い表すことのできない、TVで見ていたとのとは全然違う、圧倒的な存在感がそこには、ありました。ある公演で、小島秀哉さんの奥様が、病気でもう数日もたないといわれたとき、どうしても芝居が見たいと看護婦さんと医者をつれて点滴を打ちながら、中座に観劇にいらっしゃいました。今、思い出しただけでも、僕は涙が止まらない。どうしてこんな状況で喜劇が出来るんだろう?お客様は、大爆笑で笑いが止まらないのに、僕は、袖幕にいて涙が止まらない。僕は、これじゃあ、もう無理だと思ったとき、小島秀哉さんが、そっと僕の肩をたたいて、じゃあいきまっせといって、舞台に出ていった。自分の未熟さが、ほんとうに嫌になりました。そうして、あとから気がつきました。これが、関西喜劇なんだと!こんな哀しい状況こそが喜劇のベースなんじゃないのだろうかって。蝶々先生の本の題名も「おもろうて、やがて哀し」ですね。あまりにも深い悲しみの上に、どうしようもない思いの上に喜劇を作り上げていったのが、関西喜劇だったんじゃないのだろうかって。

みなさんは、戦争で、生きるか死ぬかの瀬戸際を渡り歩いてきた人たちです。そして、偶然生き残ってはいるが、おびただしい身内の死を見てきた人たちなんです。そして、今思えば、びっくりすることに楽屋でも、飲み屋でも一切、とにかく戦争の話が出たことがないのです!!広島で原爆を落とされても生きていた事とか、満州で取り残されたのに、なんとか生きて帰ってきたとか、仲間が、せっかく生きて帰ってきたのにヒロポンで死んだりとか、まったく黙して語らずです。そして、そうすることで、僕たちに何かを伝えようとしているのだと、固い決意の様なものを感じるのです。これが喜劇俳優なんだってね。

ですから、こんな生ですごい俳優さん達をみてきたからか、舞台で「大阪ぎらい物語」を上演するなんて事は、実に恐れ多いと感じるわけです。たぶん、やったら各方面から、苦情の嵐がくることでしょう。笑。ところが、若者たちがそれをやってのけた。そして、それを見て、どことなくギャップを感じる、もちろん、学生だけでやっているわけで、そこには先輩がいないわけだから、誰も教える事ができない、つまり見て学ぶ対象がないわけだから、できないのは当たり前だと思う。しかし、確かに何かが欠落し、新しい作品に生まれ変わっていた。それが、良いことなの悪いことなのか、僕には分からない。お客様は、感動してるわけだから、たぶん、とても良いことなんだと思う。

ただ、どうしても僕がしゃくぜんとしないでいるのは、たぶん、僕たちは、恐れ多いと言って、手を出さない、一見大人の対応をしているようで、その実、若者たちに伝えないといけないことを怠けてしまったのではないのか??という事実。取り返しのつかないことを僕ら世代は、しでかしているのではないのか?という焦りを感じるわけです。そんな事は、若者たちからしたら、とんでもないお節介だと思うだろうけど、僕たちの先輩が身体で示してきた、舞台へのお作法を、やはり継承しないといけなかったんじゃないのかなって、ただ、漠然と思った。

さて、それにしても、僕たち戦争を知らない世代は、いったい何をどうやって、継承していけるのだろうか??重い課題もあるわけです。

伝ふプロジェクトは、ある意味良いことだけど、それにしても、僕のやってることは、とてものことに温いので、しっかり心引き締めて、頑張ります。と思わせてくれた舞台でした。若者たちに感謝です。

そして、思い出せば、はかない思い出ばかりなのに、舞台では笑いにあふれていた、それが関西喜劇でした。ありがとうございました。

余談:思えば、日本という土地の中で、歴史上、関西ほどその土地を血で染めてきたところは、他に無いのでは??だからこそ、喜劇をする土壌(資格)がある土地なのかもしれない。暴言

 

 

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