所作塾 No8

所作塾 No8 2019/1/21

私たちは、小さいときから、大人達に、集中しなさいと言われてきました。ですから、何か事を起こすときに、ちゃんと集中してから、やろうとする習慣がついてしまっているかもしれません。それでも、例えば勉強を始めるときに、よし集中するぞ!といきこんでみても、教科書を開けた瞬間に寝てしまうような経験は、あったりしませんか?歯を食いしばって、気合いで頑張るんだと、力んだところで、時間の無駄なのかもしれません??つまり、よし集中するぞ、といって作った集中は、勉強には不向きで、せっかく作ったのに、壊さないと次に進まない状態だったりして、、

集中のための集中をしても、意味がありませんよと、言葉で解説してみれば、分かった気になるかもしれませんが、それでは、たぶん論点がズレてしまうでしょうね。

まず、集中という言葉は、一つですが、集中という状態は、身体の事を考えれば、どんなに少なく見積もっても、一つの事に対して256通りはあるんでしょうね。しかし、言葉は一つ、集中しなさいです。これは、精神ほうで、区別がとてもじゃないけど、分からないし面倒なので、集約したわけですよねたぶん。ですから、この場合の集中は、例えばタロットカードを一枚引いて、その上下も含めて、図柄が一致したときに、はじめて正解なわけで、かなり厳しいことをしているのかもしれません。ですから、前もって集中することが、いかにギャンブル性が高いかっていうことですよね。256分の1って、パチンコの確率ですか?笑。しかも、集中しなさいと言われてする集中は、いつもやってるパターン化されたもので、せいぜい3枚ぐらいしかないカードですよね。

僕たちは、演技とかしてても、演出家からもっと力を入れろとか、もっと集中しろって、言われることがあるかもしれない。しかし、それらは、精神側の言い分として、力も集中も、ONかOFF(緊張と脱力)だけで、考えている可能性が、あるわけですから、聞き流せとは、言いませんが、自分なりに翻訳しないと、いけないわけですよね。そもそも、身体のことは、他人が指導できる領域に無いのです(自分だって把握しきれないんだから、当たり前ですが)。だいたい、だれが、256通りの身体の使い方と集中観を口で説明出来ますか?どだい無理な話なのです。ですから、古典芸能では昔から、質問するな、自問自答しろ、見て学べなどと、なってしまうわけですね。それが、いつの間にか、理解しないと動けませんから、ちゃんと説明してくださいという、時代になってしまったわけですが、根本的なことを見落としている可能性があることを再考して欲しいわけです。

四十八茶百鼠」は「しじゅうはっちゃひゃくねずみ」と江戸時代の色彩がありますが、これ口で説明出来ますかね?無理ですね。つまりは、感覚として捉えていたわけで、256分の1の集中観があれば、いけそうですよね?

こうして考えれば、私たちが、生活するという集中観は、即興でするしか、対処できないでは?と思ったりするわけです。

集中が先か、行動(所作)先かと考えれば、所作がすなわち集中に直結していかなければならないのだと思います。つまりは、それを型と呼んでいたのかもしれません。空即是色、色即是空という言葉が、教えるように、空なる所作は、すなわち集中(色)が現れる。それは、タロットカードの一枚の図柄が示されるように、意図されない集中観の一つであるわけですね。型は、空なる所作を為すためのお作法ということになりますでしょうか。

とまあ、語っているうちは、格好いいのですが、やってみると、ボロボロでした。笑

ここは、稽古のしがいがあるところなのでしょうね、きっと。
つまり、所作によって256分の1の集中が、出現するなら、つねに新鮮な自分と向き合えるわけです。そうなったときに、稽古は、耐えるものだとか、つまらないけど反復練習だとか、そういう価値観は、すでに間違っているということが、おわかり頂けるでしょうか?と、自分にも言い聞かせているわけですが、、汗

芝居の稽古にしても、実はそうだと思います。稽古して、しっかりと演技を固めるんだとか、情景を確実に捉えろとか、とか、とか。方向性が違うなと思ってしまいますが。ただ、現代は、ポジティブ思考で、明確なビジョンがあり、はっきりしたものが、好まれる時代ですので、それは、演出家さんのご意向に従ってください。

ちなみに、256分の1は、最低限の自分の事ですが、これに空間軸や時間軸、そして相手が加わりますからね。つまりは、予習は、不可能と思った方が、正解です。何かを想定して、行動を起こすのは、感性を殺して、仮想空間で、生きている精神世界の状態なのです。と、ここまで言ったら、言い過ぎで、怒られます。だって、誰もそれで、何不自由なく満足して生活していますからね。ごめんなさい。

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