腹や腰が大事である

日本の所作においては、腹と腰が大事である

なんてことは、誰でも知っていることだと思いますが?でも、本当のところ、みなさん分かっていますか?そもそも、腹と腰と言ったとき、どのように働きとして違うかも知らずに、一緒くたになっていたりして。笑。そして、誰からもそのようなことを教わったことがないというのが、本音では無いでしょうか?腰が入ってない!と怒鳴られることは、よくありましたが、じゃあどうしたら、腰が使えるようになるのか、ということを教えてくれることは、決してありませんでした。各自が、自問自答しろって事なのでしょうか?こういう事は、経験が豊富になって、ベテランになれば自然と出来るようになると、そんな漠然としたイメージなのですが、皆さんは、教わったことがありますか?このことをネットで検索しても、残念ながら、腰痛ってキーワードばっかりで、閉口します。だいたい、腰が大事だと言っているのに、どうして腰痛になる人がこんなに多いのですか?腰が痛いと言うことは、人間失格を自ずから宣言しているようなものでしょう?腰は人体の要ですから、要の壊れた扇(人間)は使い物になりません。(脱線しました。話と関係ありません)

結局のところ、腹とか腰とか言われても、使い方も鍛え方も知らないので、その言葉だけを神棚に飾っておいて、分かった気になって年月を費やして来たってわけです。とっても、残念な感じの人生なのです。笑。せいぜい、凡人の思いつくところ、体力づくりをしたり、筋トレしたりするぐらいでした。そして、「腰が入ってない!」と言われると、無駄に腰を落として、そうすると今度は動きが硬い!って怒られて、じゃあどうしたらいいの?って、心の中で叫んでみたりしてました。「だから要するに、自分にはセンスが無いんだ」って悟りを開きまして、腹とか腰なんてどうでもいいや、楽しく芝居してて何が悪い!と自暴自棄になっていくわけです。そしたら、やっと見えてきたんですけどね。爆。もちろん、自分で思いついたのではなく、教わりました。正直なことろ、たぶん、教わらなかったら死ぬまで気がつかなかっただろうなって思います。

それで、せっかくこんなニッチなブログを読んでいただいていますので、ちょっとヒントを書いてみます。日本文化にハウツーものは、ありませんので、具体的ではありません。でも、とんでもなく奥の深い日本文化のちょっとしたこんなヒントですら、僕だったら死ぬまで、絶対に気がつかなかった、と確信しております。

腹を作るのは、絶対的に尊敬できる人がいること、自分よりも大切なものがあるということ

自分のことが、誰よりも大切な現代の価値観からすると、ちょっとにわかに受け入れがたいことかもしれませんね。こんな話は自己犠牲の理論で、戦争につながるなんて思った人は、ちょっとおかしいですよ、だって今だって戦争は、行われていますから。そんな自分のことばっかり言ってるから、いつまでたっても腹が据わらないのです。そして、いいですか?これが出来ていない状態では、どんなに腹式呼吸しようと、ランニングしようと、筋トレしようと、腹は鍛えられないというわけです。えーーー!そんなこと信じられないでしょう??笑。でも、現状で他に方法が見いだせていないのなら、騙されたと思って実践してみる価値はあると思いますよ。自分より大切なものが、思い浮かばないって人は、もっと頑張って、人と出会いましょう。ファイト!

そして、腰に関しては、腹のヒントから、僕なりに考え出したことが、これ。

腰を作るのは、無いものまたは、無くなって行くものに向かっていくこと。

このことは、落合監督さんがちょうど良いことを言っています。↓のブログにも書いたのですが、転載しておきますね。

落合博満元中日の監督さんは、若手にノックをするとき
 わざと球を追いかけても届かないところに打ちます。どうしてなのか?
 「届かないものを追いかける姿をみれば、野球に対する姿勢が見えてくる。
 それを見れば、伸びる選手かどうかすぐに分かる。若者は試されてることに気づくべきだ」

つまり、無いものに(この場合、届かないもの)全力で当たれない人は、腰も入らないということなのです。そんな状態でノックを受けても、腰が鍛えられる訳も無く、ただただ、故障のリスクだけを背負うのかもしれないのです。そして俳優の仕事なんて、まさに何も無いものに向かっていく仕事なのですから、腰が大事だと言うことは、とても当たり前の話になるわけです。現代の人は、有るものだけを、対象にして運動しているから、結局のところ腰痛になるわけで、これが現代病となるのは、見えないものは信用できないと、考え始めた悲しい人間の末路なのかもしれないですね。つまり、空間であったり、間であったり、そういうものを扱わない限り、腰の入った動きは出来ないというわけです。まったく分からない未知の将来に向かって、何も見えない霧の中に全力で突っ込んで行くことが出来るかということです。明確なビジョンを将来に持つことは、逆に腰が入らなくなることなのかもですよ??(暴言)

腹=他者、腰=空

そして、これらのことは、このブログではいつも言っておりますが、精神論ではありません。テクニカルな実技のヒントとして、実践していかなければ、なんにもなりませんので、ご了承ください。演技のワークショップでは、このヒントを教えるのは、案外簡単なのですけどね。言葉で書くと意味不明と思いますかね?笑。しょうがないですね。

なんだ、くだらない話だなと思われたかも知れませんが、僕にとっては、人生観が揺らいだ瞬間なのでした。笑。この二つだけでも、日本文化の謎のかなりの部分にヒントを与えてくれていると思うのですが、、、頑張りましょう。

 

関連記事 見るということ(伝ふプロジェクト)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

その他

  1. 2019/4/10

    所作塾 No11
    身体を動かす上で、大事になのはたぶん、下半身だと思いますが、それは基本的なことで、細かい技となるとや…
  2. 2019/3/21

    所作塾 No10
    所作塾 No10 2019/3/18 毎回、集まって頂いた人に合わせて、稽古を組み立てていますが、…
  3. 2019/3/4

    所作塾 No9
    所作塾 No9 2019/2/25 私たちは、普段、効率化と合理化の観点から、色々なものを、単…
  4. 東京放送芸術&映画・俳優専門学校の進級公演として、上演されたものです。 もちろん、突っ込みどころは…
  5. 2019/1/23

    所作塾 No8
    所作塾 No8 2019/1/21 私たちは、小さいときから、大人達に、集中しなさいと言われて…
  6. 2018/12/12

    所作塾 No7
    カメラのレンズが完全に壊れていますね。ごめんなさい。 今回は、ちょっと芝居を重点的にやってみま…
  7. 2018/11/28

    所作塾 No6
    所作塾 No6 2018/11/26 今回は、ちょっとお芝居に関する所作を重点的にやりました。…

新しい投稿

命題

Je sens, donc je suis.
我感じる、故に我有り

デカルトの我思う故に我有りの命題を日本風になおしました。日本文化の原点です。

ブログカテゴリー

補足メモ

  1. 2019-3-8

    精神は、身体に触れられない

    こう切り出したら、ある人から、いえ、私は、身体にいつでも触ることができますよ、むしろ精神には触れない…
  2. 2019-1-4

    錐体系と錐体外路系の運動

    私たちは、何か行動を起こすとき、意識している行為と無意識の行為があります。つまり、自覚的行為と無自覚…
  3. 2018-2-20

    量子力学的な身体観

    現代では、精神が身体よりも上位に位置し、身体を生きていくための道具と捉えているからでしょうか?身体を…
  4. 2018-2-16

    識別感覚と同調感覚について

    前回の「理解という概念の固定化」の続きのブログです。この問題は、何度か伝ふプロジェクトでも書いていま…
  5. 2018-1-8

    理解という概念の固定化

    最近では、理解しないと動けないという人が、増えています。ワークショップをするにしても、最初に座学を入…
ページ上部へ戻る