東京フィルムセンター13期2年生 Ver3

3年生と同じく、演技時に自分が楽になるための方法、視覚処理と接触方法について、なんとなくテクニカルぽいことをやりました。3年になると、キスシーンのある授業があるとかないとか?(いいね!うらやましい!)ですので、今日やったことは、使えるかもですね?そういえば、このクラスの生徒さんの中で、習ったことをさっそく現場で試してみました!と言ってくれた方が、いらっしゃいまして、ほんと嬉しいかぎりです。これらの取り組み方法は、たぶん他では誰も教えてない、かなりニッチな方法なのですが、使ってもらえてうれしいです。笑。

そこで今日は課題として、見つめ合って、愛してると言うというのをやってもらいました。爆。男性諸君、この愛の言霊は、3ヶ月後ぐらいに、ほんとうに好きになったりするので、気をつけてください。女性の人は、今日、夢に出るかも知れないので、それも注意が必要です。うなされます。笑。男子が、少ないので、バランス悪いのですが、僕もしょうがないのでついでに見つめさせていただきました。失礼しました。嘘ですよ。

そして、今回、生徒さんからこんな質問が、ありましたので、講義内容をちょいと変更しました。

「芝居をしているときの、手の位置が気になるのですが、どうしたらよいですか?」

はい、よい質問ですね。演技している時の手が、手持ち豚さんになるわけですね。笑。気になりますよね。手なんかなくなってしまえば良いと思ったりしてね。でも、この問題は、実は歴史的に日本人が取り組んできた事でもあるんです。例えば、平安時代には、尺を持ったり、中啓のような扇を持ったり、はたまたお坊さんは、合掌をして集中します。禅寺の瞑想も手の型が決まっていたりします。神社でも、そうですね。手を消すために柏手を打ったりするんです。そう、こんな風にして、みんなこの問題に取り組んで来たんですよ。そして、ある型に落ち着いてきたわけです。ですから、とっても自然な疑問でもあるわけです。でも、だからといって、芝居中に合掌したりするわけにはいかないので、って事ですよね。笑

要は、意識しなければ良いのですが、意識してしまうわけです。それは、簡単に言ってしまえば、たぶん腰と腹が決まってないからです。それを、手に補ってもらおうと依存することを精神が働きかけるから、手のやり場に困るわけです。(僕はいつも目のやり場に困るのですけどね。すみません関係ないです)つまり、意識は精神活動だから、手に救いを求めるわけですが、腹と腰が決まるということは、意識を排除するということにつながるので、意識は腹や腰に助けを求めにいかないというわけなのかな?ちょっと、逆説的で分かりづらいですが、、だから、ぶっちゃけ意識で出来ることは、この場合、型をとる事ということになるわけですが。さりげなく、小さく型を取ってみるわけです。わかったかな?笑

でもその型も、取れないというのなら、実際の手をバーチャル化して使えばいいのですが、こちらの方法のが、案外簡単なのかもしれませんね。授業でやったから、わかりますよね??これで、答えになりましたでしょうか??

ありがとうございました。また、お目にかかるのを楽しみにしています。

 

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